風に溶けて消える

そんな穏やかな気持ちで生きたいほんとは。限界OLバンドマン

【短い小説】都会と田舎の狭間でつなぐ電話が

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「そろそろ東京は慣れた?」

 

土曜の14:30、仕事の休憩時間。テイクアウトしたカフェモカを片手に、イチョウ並木のベンチに腰掛けた私の電話越し。柔らかい癖のある声が響く。

 

「んんそうだねえ、駅からルミネくらいはすっと行けるようになったかな。」

 

きっと君がわからない商業施設の名前を、当たり前のように口にする。

 

彼が大阪を離れると言ったのは、半年前。まだまだ肌寒い春だった。

 

仕事の転勤で大分へ行くのだと、引っ越す2週間前に彼は私に言った。

少しでも長い間、普段通りの幸せが欲しかったからずっと言えなかった、なんて言っていたけれど、そんなものが通用するわけない。冷静になれば気持ちは分からなくもないけれど、それはあまりにも独りよがりすぎるし、感情的すぎた。

3年も一緒にいて、それで私が傷つくことを、なぜわからないのだろう。

そういう、配慮が足りない部分、いや、自分の欲求だけに素直な部分がとても憎くて、そんなどうしようもないところに私は強く惹かれていた。

 

地元が大阪にある彼に、たまに帰ってこられるのもなんか癪だな、と思って、彼がいなくなってすぐに、なんの理由もなく東京へ出てきた。化粧品の販売員の仕事はどこに行ったってできるし、都心である東京はやはり憧れでもあった。そんな後付けの理由をそっとこしらえた。

 

だけれどお互いにお互いが恋しい私たちは、こうやってたまに電話をしてしまう。

 

「そっちはどうなの?関西弁全然抜けないね」

 

わざと、標準語で喋る。つられそうになるイントネーションと語尾に気をつけながら、仕事で使う言葉を選んで喋る。

 

「いやほんとに、そっちはめちゃくちゃ標準語やな、いっつも思うけど。ほんま染まるの早いよなあ」

 

そういって彼は少し苦笑してみせた。彼との電話口でしか聞くことのなくなってしまった関西弁は、本当はとても落ち着く。決して口にはしないけれど。

 

彼が大阪を離れると言った時、私に大分についてきてくれとは言わなかった。

それはつまりその程度なのか。いちいち聞きはしなかったけれど、そう察した。そんな場面で、言われてもいないのに「ついていく」と言えるほど私は健気でもないし、馬鹿でもないし、素直でもない。

だけれど、もう交わることがないとわかっているのに、捨て切れない。

 

「じゃあね。」

「ん、またな。」

 

休憩が終わる。電話を切って一息ついて、来た道を戻る。少し強い風に、イチョウがはらりはらりと落ちていく。

 

入り慣れているデパートのドアのPULLを間違えて、押しそうになる。

 

それだけで苦しくなるくらいには、もう何もかもに、飽きていた。

 

君がいない生活は想像以上に味気なくて、標準語には半年経った今でも嫌悪感しかない。仕事柄、やむなくそれを喋っている自分も大嫌いだ。

 

お互い必要としていない風に装いながら、お互いに縋ってかけてしまう電話も嫌だ。

 

それでも、忘れるまで繰り返すんだろう。

 

見えなくなった君の仕草、匂い、歩幅。やめられない電話を続けて、覚えているのが声だけになったら。その時は、少しは前を向けるだろうか。