風に溶けて消える

そんな穏やかな気持ちで生きたいほんとは。限界OLバンドマン

生きている実感、というものはあなたのなかに存在するのか否か

 

自己肯定感がなんとか、という話をしていると、君よく使うよねそれ、そんなに意識したことないなあ、って言われたことがある。

その時、少し不意をつかれた記憶がある。

ああそうか、そんなの意識せずに生きている人もいるのか。もしかしたら結構いるのかもしれないな。

そんなことさえ今まで気づかなくて

 

だから、どれだけ言葉を尽くしたところで、結局は1人分の思考なのだ。そういうわけだから、私には他人の思考などわからない。特に、とてもパーソナルな部分になればなるほど。

 

生きている実感。

 

そういうものを、どれくらいのひとが必要として、意識して生きているのか。とか

そういうものを、どういう瞬間にどういうひとが感じるのか。とか

 

これが今はとても知りたい。生きている実感がないと、私はうまく生きられない。

しかも私の生きている実感というものはなんかすごく偏っている気がする。

 

たとえば、軽音サークルでギリギリ仕上がるかわからない数のコピーバンドを組んで本番まで必死こいて耳コピして覚えて練習して、ってしてる時とか

間に合うかわからないギリギリの仕事に向き合ってる時とか

 

そういう時にしか、生きている実感を得られない。そういう状況下での、スリルや、興奮。ギリギリの緊張感。まあだいたい、こういう状況下に置かれていたライブや仕事が終わった後には必ずといっていいほど体調を崩すのだけれど。だから健全な状態じゃないのだろう。いくら体があっても持たない。

 

そして、生きている実感と幸せもまた違う。まったく違うところで感じるものだ。  

 

幸せになりたいだけなら生きてる実感なんて求めなくてもいいんだけど、実感できなければ生きてる気になれない。

 

もっと死ぬ気で生きたいんだろう。自分が頑張らなければ、必死こいて努力しなきゃ仕事取らなきゃ生きていけない、それくらいの状況の中で生きてみたいのかもしれない。

 

でもそんなところに踏み出す勇気もなければ、メンタルに自信もないし、環境だけ整えたところで何かが変わる保証もない。

私の憧れの場所にいる人が同じような暗い調子の文章を綴っているのを見たりすると、私も一生満たされないのかなあとか最近ふと思う